分かちあいたいブログ

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訪問介護で自分の事をよく喋るという苦情について

介護保険において訪問介護の現場で起こるクレームの一つに、「自分の事をよく喋る」という口は禍の門となった内容のものがある。

 

利用者である要介護者がお喋りに興じてしまい、ヘルパーは都度業務の手を止め傾聴に明け暮れ挙句に業務が時間内に納まらず時間超過してしまい、どうにかしてくれ!と言うヘルパー側からの苦情も深刻であるが、今回は思考がクリアである軽度の要介護利用者側からの、「自分の事をよく喋る」という苦情を考えてみる。

 

援助者側が自身の情報提供を利用者に話しすぎるのは、何も悪気があってのことではない。援助者自身の家族構成や生活歴を利用者に告白したり、テレビで見た番組の感想ほか地域のショップ情報、ついでにグルメレポートなどを話すそのお喋りには、利用者との心理的な距離を縮めて援助を円滑なものにしたいという思いが込められている。

 

しかしこれは用心に値すると私は常日頃から感じている。利用者が興味深そうに話しを聞いてくれる様子に甘んじて、ついつい援助者は快く自分の身の回りで起こった出来事を話しがちになる、この “自分のことを喋る” という行為について、専門雑誌に指南が書かれていたので引用する。

 ・「個人情報を他へ漏らさない」ということは、利用者の情報を漏らさないばかりではなく、自分の情報も漏らさないことにも通じる

・利用者を通して、自分の情報が他のヘルパーにも漏れていることを自覚した方がよい

 情報誌 :隔月刊誌 訪問介護サービス 日総研34 (2013/1,2月号)より 

  

これはこの通りで、利用者に話した事は外へとダダ漏れするものと思うのがいい。そしてそれは、個人情報を晒した援助者に対して利用者が好感を抱くかというと、そうでない場合もある。

 

介護保険は使い勝手の悪い保険制度であり、利用者のニーズが制度外であった場合、お断りせざるを得ない事がある。それは利用者も制度の理解が必要なことであるが、ストレスであろうなと想像する。思うようにならない事への苛立ち。これが積もり積もって援助者へと向うと、「自分の事ばかり喋る。お喋りな人だ!」といった理由から援助者交代の話しを切り出しもする。

 

 「あの人は自分の家庭のことで忙しいみたいだから、来てもらうの気がひける(家事が頼みにくい)」

「私に子供のことを話されても産んだことがないから何と返事すればいいのか分からなくて(共感してあげたいが細かいことは分からない)」

「ボランティア活動してるって言うから仏壇の掃除をお願いしたのに断られた(何故!?)」

「あの人のお母様も介護が必要みたいで、お母様の介護が大変って言ってた(お荷物のように感じてきた)」

「生活費稼ぐのが大変だって言ってた。安いらしいね(責任を感じてしんどく思う)」

 

言った側の本意は意図される事なく利用者の脳内で情報の書き換えが行われ解釈される。そして抱かれた感情は不愉快。これはケアマネジャーであっても然りである。

 

 では、どうすればいいのか

沈黙を恐れないことがいいのかもしれない。沈黙も傾聴の一つである。利用者から何かが発せられるのを待つのも時に必要だ。話しを聞いてもらうのではなく、利用者にインタビューをして話しをしてもらうのがいい。

 

 

おわりに

私はあまり自分のことを自分から利用者には話さない。これといった話題のない人であるのと、そんなに話をしたいという欲求が強い方ではないのと、人見知りである事と、いつも心は上の空であるのと、仮面を被るのをやめた事と、片頭痛持ちである事が、無口である理由だと思っている。

  

世間話の種から芽が出て育てば花が咲く。受粉をすれば実にもなる。それが、どんな花でどんな実であるかは知る由もない。野生的で旺盛かもしれないし、自然に枯れていくものもあるだろうし。そして、この種は知らぬ間に利用者の脳内に植え付けてしまったものであるから始末が悪い。 

 

 コミュニケーションとは、甘やかなな共感などではない。自我を掛け金とした命がけの駆け引きである。

女ぎらい――ニッポンのミソジニーより

 

 

 

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